私は天使なんかじゃない








奴隷市場襲撃





  誰が画策したのかは知らないけど。
  私は組み込まれつつあった。
  大きな流れに。

  その流れを彷徨う、駒の1つとして組み込まれつつあった。
  だけど私の性格を知らないと見える。

  私は駒として組み込まれようが最終的に盤上ごと叩き潰す。
  それが信条なのだ。
  それが……。






  キャピタル・ウェイストランドの最北端。
  そこで奴隷市場が開かれていた
  こんな辺境で?
  確かに人目は付かない。まず誰もこんな所まで来ないからだ。近くのコンスタンティン砦には狂った軍用ロボットが大量に徘徊しているらしいし
  野生動物の類も多い。そもそも今のご時世に法律なんかない。どこで市場を開こうと誰も文句は言えない。
  極端な話、メガトンの隣で奴隷市場が開かれても問題なんかないのだ。
  問題があるとすればそれは倫理的な問題だ。
  法律も核で吹っ飛んだからね。
  奴隷市場は辺境であるこんな場所で開かれている。近くには列車用のトンネル、そして列車の残骸。
  ここで売買があるのはもちろん意味がある。
  ワーナー曰く『あのトンネルの向うがピット』らしい。
  つまり。
  つまりパラダイス・フォールズの奴隷商人達がここに市場を開いたのは不特定多数と競をする為ではない。あくまでこの市場の目的はピットに奴隷
  を売り払う為だけだ。これまたワーナーの言葉だけど奴隷はほほ全てピットの街に売却されるらしい。
  だからこそキャピタル・ウェイストランドでは奴隷をあまり見掛けないのだ。
  まあいいさ。
  いずれにしてもこの市場は閉鎖される。
  私達の手によってね。
  「こんにちは」
  「誰だてめぇ?」
  檻の側にいる男に声を掛ける。
  奴隷商人は10人を越えない。数としては大した事はない。
  私は奴隷商人の前に立ち止まった。
  傍らにはグリン・フィス。
  クリスチームは高所から市場を見下ろす位置に配置についている。クリスは今回の奴隷解放に不平を言ったものの、結局力を貸してくれた。
  力を借りる為の不平不満なら聞いてあげないとね。私は彼女の不満な言い分を全て聞いた。
  意味は分かる。
  クリスは報酬の動かない事は全て不合理だと思っている。
  それも理解出来る。
  人の生き方は人それぞれ。そこに文句を言うつもりはない。どっちにしてもクリスは手を貸してくれるのだ。そこに感謝をしたい。
  ……。
  ……補足。ワーナーはメガトンにいる。つるむ気はない。
  私はただ、レギュレータとしてここにいるに過ぎない。敵が多過ぎる私としてはソノラの率いる組織との繋がりを強める必要性がある。どれだけの
  組織力、動員力があるかまでは知らないけどレギュレーターという組織を味方にして置く事は私の保険だ。
  ソノラに媚びるつもりはない。
  ただ、私は私の都合で彼女と親しくなる必要性があるってわけ。
  そんなに難しい事じゃないしね。
  要は私の敵はレギュレーターの組織的にも敵だという事だ。私が私の敵を殺せば、それは必然的にレギュレーターの敵を殺した事になる。
  それだけの話。
  それだけ。
  「こんにちは」
  「誰だてめぇ?」
  私は同じ挨拶をし、相手も同じ返答をした。
  奴隷商人達は私達を包囲しているもののまだ銃火器は構えていない。
  やっぱりだ。
  こいつらは私の顔を知らないらしい。
  随分と粗忽な事よね。
  パラダイス・フォールズの奴隷商人のボスの1人息子を殺したのは私。抹殺指令も出ているようだけど……顔写真は出回ってない模様。
  この無防備は演技ではあるまい。
  それに。
  それにこいつらが無防備なのは私達を奴隷を買いに来た奴だと思い込んでいるのだろう。
  確かに奴隷購入に来た奴らはいた。
  3人。
  だけど、そいつらはクリスの指示で瞬く間に始末されちゃってる。可哀想可哀想。
  要するにピットから買い付けに来る奴らは死んだ。
  私はそいつらに成りすましてるってわけ。
  本物の買い付け人との鉢合わせ?
  ありえないわ。
  既に土の中だもの。
  さて。
  「俺の名はラムジー。今回の取り引きをボスのユーロジーから任されてる」
  「よろしく。それで? 奴隷は活きが良いの?」
  「……」
  「何よ?」
  「驚いてるんだよ。こんな事は初めてだからな」
  「驚くって何を?」

  「ピットから来たのがお前らみたいな間抜けな奴だからだよ。もっとマシな奴が交渉にくると思ってたんだけどな。……それもてめぇは女だしな」
  「男女同権の世の中よ。商売するの? しないの? 不服なら帰る」
  「い、いや。来てくれて嬉しいよっ! ただ、待ちすぎて死ぬかと思うぐらい暇だったから、つい口が滑っただけで悪気はねぇんだっ! すまねぇっ!」
  「別にいいわ」
  すぐに死ぬわけだし。
  檻の中には奴隷が4人。その内の1人は寝てる。……死んでる?
  まあ、ともかく解放しないとね。
  その後は?
  まあ、そこまでは考えてなかったけど……そうね、解放したらユニオンテンプルを紹介するとしよう。
  連中にも恩は売っておかないとね。
  敵が多いからこそ味方が必要になる。奴隷達はユニオンテンプルに逃がすとしよう。
  その前にまずは奴隷売買の真似事。
  「商談に移りましょう。相場は?」
  「今回の手持ちは3人だ。4人いたんだが……栄養失調で死んじまってな」
  「3人か。少ないわね」
  「す、すまねぇ。最近集団脱走があってな。追跡部隊も壊滅しちまってストックの確保が容易じゃねぇんだ。奴隷王アッシャーによろしく取り成してくれよ」
  「値段は?」
  「通常価格は1人200。今までの取り決め通りだ。今更言うまでもないが、ボスのユーロジーがキャッシュ以外は受け付けないとよ」
  「いいわ」
  皮袋を取り出す。
  その中に入っているのはキャップではない。お土産だ。
  袋に手を突っ込んで私は静かに引き抜く。
  何を?
  ふふふ☆
  「交渉成立ね」
  「へへへ。商談成立だな」
  「そうね」
  「なあ、ユーロジーが3人だけで悪かったって言っていた。次はもっと品揃えを良くしておくよ。お客様は神様だからな」
  頃合だ。
  バッ。
  私とグリン・フィスはそのままラムジーから離れる。一瞬、間の抜けた感じがする。
  奴隷商人達も戸惑いを浮かべただけだった。
  そして……。

  
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  ラムジーが吹っ飛んだ。
  皮袋の中はキャップなんかじゃない。グレネードだ。それも奮発して三つ入り☆
  手を突っ込んだのはピンを引き抜く為。
  そして。
  そしてラムジーは肉塊となった。
  近くにいた奴隷商人2人も爆発の衝撃で吹っ飛ぶ。回避の為に倒れた私達はまるで問題ナッシング。倒れながら44マグナムの二丁拳銃で奴隷
  商人達を正確に射抜く。グリン・フィスはしなやかで敏捷性のある肉食動物のように刃を閃かせて奴隷商人を切り裂いた。
  容赦なく刃は血を吸う。
  接近されたら最後、グリン・フィスから逃れる事は出来ない。
  高所に陣取ったクリスチームからの銃撃が奴隷商人達を蜂の巣にするものの、ハークネスのミニガンの弾丸は届かない。
  だけど音は盛大だ。
  この場にいる奴隷商人全てを殲滅してもまだ続いている。
  「一兵卒、伏兵だっ! 数は30っ!」
  クリスが叫んだ。
  なるほど。
  他の場所に部隊を伏せてあったってわけだ。
  もしかしたら奴隷商人側は私が出張る事をどこかで察していたのかもしれない。考えすぎかもしれないけどさ。
  ラムジーは知らされていなかったようだけどね。
  憶測。
  憶測です。
  だけど奴隷売買に大部隊は必要ない。
  ラムジーは何も知らされなかったのはこちらを欺く為、油断させる為。その為にラムジーは捨て駒にされたわけだ。そして油断した私達は伏兵の前に
  果てる、というシナリオなのかもしれない。憶測ではあるけど、これなら理に叶ってるし意味が通る。
  そうでなければ大部隊はおかしい。
  「グリン・フィス」
  「はい」
  「クリスの援護してきて」
  「御意」
  「私は奴隷を逃がす」
  私の場所からは奴隷商人の大部隊は見えない。
  高所にいるクリスチームだからこそ発見できたわけだ。つまり今のところ私達の場所は危険ではない。今はね。しかしすぐに戦場になるだろう。
  グリン・フィスは血刀を手に走り去る。
  それと同時に私は檻に走った。この場にいた奴隷商人は始末してあるので脅威ではない。
  ガチャリ。
  簡単に檻は開いた。
  鍵が掛かってなかった。もちろん鍵が掛かってなくても奴隷達は逃げなかった。奴隷商人が側にいたわけだからね。今までは。
  でもそいつらは排除した。
  「逃げなさい」
  「おお。神っ! これは、現実なのか? それとも……」
  「現実よ」
  当面の問題であった檻の側の奴隷商人は排除した。
  だけど伏兵の部隊が近付いている。
  クリスチームがいかに有能とはいえ少数で相手を釘付けには出来ない。何名かは私のいる場所にまで達するだろう。
  足手纏いはこの場には不必要。いらない。
  逃げてもらわんとね。
  「奴隷商人の物資とか武器持って逃げなさい。DCは遠いけどリンカーン記念館がお勧めよ。元奴隷の街。受け入れてくれるはずよ」
  「い、いいのか?」
  「何が?」
  「あんたは奴隷商人を敵に回したんだ。なのに、俺達は何の代償も支払わずにいいのか? あんた達に報いなくてもいいのか?」
  「別にいいわ」
  「あんた最高に親切なのか最高の馬鹿なのかのどっちかだな」
  「あははは」
  笑う。
  確かにその通りだ。
  「まあ、最高に親切にしておいて」
  「せめて名前を教えてくれ」
  「不要」
  「しかし……いや、待て、あんたもしかして赤毛の冒険者か?」
  「そう呼ばれてるけど名乗ったつもりはないわ」
  「神よっ! キャピタル・ウェイストランドの救世主に出会えた幸運に感謝しますっ! 赤毛の冒険者よ、ありがとう、本当にありがとうっ!」
  大袈裟にお礼を言いながら、拝みながら奴隷達は逃げていった。
  ラムジー達の武器や物資を抱えてね。
  非戦闘員は去った。
  私も戦いに加わるとしようか。

  「よし。手順を次に進めよう」

  その声はすぐ近くで聞こえた。
  聞いた事のある声。
  それも最近聞いたばかりの声だった。
  「どっから湧いて出た? ……尾行したのね。何の真似?」
  ワーナーだ。
  メガトンに居残ったはずのワーナーだ。尾行されていたらしい。護衛として雇われたジェリコもいる。ジェリコは妙な代物を手にしていた。照明?
  こんな所まで追ってきて何のつもりだ?
  彼は手に服を持っていた。
  粗末な服。
  「必要な奴隷の服が手に入った。さあ、ピットに通じるトンネルに進んでくれ。俺が案内する」
  「行くとは言ってない」
  クリスチームは伏兵への応戦。
  グリン・フィスもそこに加勢。
  奴隷達は逃がした。
  この場にいるのは私、ワーナー、ジェリコの3人だけだ。
  何のつもりだ?
  「ピットには奴隷が溢れている。あんたは正義の味方だ。人々の救済を喜びとする赤毛の冒険者だ。どうだ、奴隷達を救いたいだろ?」
  「手の届く範囲外の事をするほど自惚れてはないわ」
  「ならそこまで行けばいい。範囲内に行けば問題なしだろ?」
  「……」
  「あの街は最悪なまでに混乱している。奴隷商人は大勢いるのに奴隷をウェイストランドで見ないのはどうしてだと思う? 奴隷はピットに送られるからさ」
  「だから何?」
  「戦後、街は地獄と化した。ビルは崩れ落ち、病に冒された人々は互いに傷付けあった」
  「……」
  こいつ何を考えている?
  私は油断なく睨む。
  ワーナーはそんな睨みを無視して言葉を続ける。会話というよりは神父の説教じみてる。いや。役者か。芝居じみてるの方が相応しいか。
  そして奴は言葉を続けるのだ。
  「ある者は、変異した。人である事を忘れた彼らは殺して、食べる事しか考えていない。まさに怪物さ」
  「……」
  「中にはマシな者もいるが……どうだろうな。大抵は詐欺師みたいに悪知恵が働くよ。身を護る為だ、仕方ないがね。とにかく、30年前にBOSの連中が
  やって来て街を徹底的に掃除した。イカレた奴らを殺し歯向かう者達を片っ端から殺していった」
  「何故BOSがその街に来たの?」
  そこは聞くしかない。
  BOSは地元の英雄だからだ。別に連中を英雄だとは私は思わないけど、別の側面の話は気になる。
  ワーナーは哄笑した。
  「技術が欲しかったのさ。連中はめぼしい物を全て掻っ攫って去ってった。現在ここで英雄として居座ってるエルダー・リオンズとその部下どもだよっ!」
  「ふぅん」
  ワーナーは黙る。少し不快そうだ。
  別の反応を奴は欲しかったらしい。共感して欲しかったのかな?
  けどボルトっ子の私としては『ふぅん』という程度の反応しか出来ないのは仕方ないだろうさ。
  気を取り直したのかワーナーは再び口を開いた。
  「ピットは酷い場所だったが、BOSが来る前はもっと悲惨だったよ。結局街の半分が壊滅したが危険なミュータントも一掃された。BOSが街を掃除しなけ
  れば、おそらくアッシャーも今のような支配体制は築けなかっただろうな」
  「それで結局何が言いたいの? ……いや。何がしたいの?」
  「充電の時間稼ぎさ」
  「充電?」
  「充電さ。ジェリコ、やれ」

  パシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  奇妙な光が私を包んだ。その光を発したのはジェリコが手にしていた妙な代物。
  その瞬間、私の意識は暗転する。
  混濁していく。
  何?
  何なの、これは?
  ワーナーとジェリコの声だけが意識に響いた。
  「メスメトロンの効果は予想以上だな。……ジェリコ、彼女をトンネルにまで連れて行ってくれ。こいつの仲間に気付かれる前にな」
  「了解だ」
  「俺の流儀をご存じなかったと見えるな、赤毛の冒険者」